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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)93号 判決

控訴人

馬橋恵美子

外三名

右控訴人ら四名訴訟代理人

岸副儀平太

被控訴人

並木道良

右訴訟代理人

桑田勝利

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一先ず、本件土地についての売買契約が成立したか、成立したとして売主が誰かについて争いがあるので、判断する。

〈証拠〉によれば次の事実が認められる。

被控訴人は、知人が春海の斡旋で埼玉県東松山市在の土地を買い入れたことを聞き及び、昭和四一年ごろ、右知人の紹介で知り合つた春海に対し、転売等によつて利益を得ることを主たる目的として、同県入間郡付近の土地の買入れの斡旋を依頼し、なお、売買契約は、土地の所有者と直接締結したいとの希望を述べておいた。春海は、昭和四一年九月二四日ごろ、別紙目録記載(一)の土地を小川啓三から一〇〇万円で買い入れ、同年一〇月一日ごろ、第三者を小川啓三と名乗らせて同道し、あたかも小川本人が直接、右の土地を被控訴人に売却するかのように装つて、売主小川啓三、買主被控訴人と記載した売買契約書を作成し、売主欄に小川啓三の署名押印をしたので、被控訴人もそれを信じて右契約書の買主欄に署名押印してその代金として春海に一八〇万円を交付した。また、春海は、別紙目録記載(二)の土地を井上新司から三九二、〇〇〇円で買い入れ、同年一〇月一四日ごろ、第三者を井上の前所有者である野町喜久三と名乗らせて同道し、あたかも野町本人が直接、右の土地を被控訴人に売却するかのように装つて、売主野町喜久三、買主被控訴人と記載した売買契約書を作成し、売主欄に野町喜久三の署名押印をしたので被控訴人もそれを信じて右契約書の買主欄に署名押印してその代金として三九二、〇〇〇円を春海に交付した。また、春海は、同年一〇月二一日ごろ、別紙目録記載(三)の土地を小室利夫から一〇〇万円で買い入れ、同月二六日ごろ、第三者を小室利夫と名乗らせて同道し、あたかも小室本人が直接、右の土地を被控訴人に売却するかのように装つて、売主小室利夫、買主被控訴人と記載した売買契約書を作成し、売主欄に小室利夫の署名押印をしたので被控訴人もそれを信じて右契約書の買主欄に署名押印して代金として一四〇万円を春海に交付した。更に、春海は、別紙目録記載(四)の土地を山崎喜覚から買い入れ、同年一一月一七日ごろ、第三者を山崎の前所有者である和田亀鶴と名乗らせて同道し、あたかも和田本人が直接、右の土地を被控訴人に売却するかのように装つて、売主和田亀鶴、買主被控訴人と記載した売買契約書を作成し、売主欄に和田亀鶴の署名押印をしたので、被控訴人もそれを信じて右契約書の買主欄に署名押印してその代金として春海に六三万円を交付した。以上のとおり被控訴人は、春海の仲介により直接、土地の登記簿上の所有名義人との間において右各土地の売買契約が締結されたものと信じ、春海に対し、約定の仲介手数料を支払い、所有権移転登記がなされるのを待つていたが、春海の病気入院などでその手続が遅延したことから、小川、野町、小室及び和田に照会した結果、前記土地売買契約を締結した際土地の登記簿上の所有名義人を名乗り売主として立会つた者が土地の真実の登記簿上の所有名義人とは全く無関係の別人であつたことを知り、その後本件各土地につきそれぞれ登記簿上の所有名義人を売主とし、被控訴人を買主とし代金額をそれらの者が春海らへ売り渡した価格と同額とする売買契約書を作成し、農地法の規定に基づく埼玉県知事の許可を得て所有権移転登記を了したが、改めてそれらの者と代金の授受をすることはしなかつた。〈証拠判断省略〉

ところで右認定のように、春海が全く無関係の第三者に土地の登記簿上の所有名義人の名を名乗らせて、その者と被控訴人との間で、売主を右土地の登記簿上の所有名義人とする売買契約書を作成させた場合に、売渡の意思表示をした者は春海の手足となつて行動しただけにすぎない登記簿上の所有名義人を名乗つた第三者ではなく自ら買い入れた本件土地を被控訴人に対し、約定の価格で売り渡す意思を有し、第三者の背後にあつてその者らをして売主のように振舞わせた春海であると認むべく、他方、被控訴人は、転売等により利益を得ることを本件土地購入の主たる目的とし、たとえ土地の登記簿上の所有名義人と直接、契約を締結することを希望し、春海が同道した第三者を土地の登記簿上の所有名義人であると誤信したとしても、売主が甲、乙いずれであろうと本件土地を完全に取得すれば、売買の目的は、一応達せられるものと推認される情況において、春海の提供する本件土地についてその申出の価格をもつて買い入れる意思で売買契約書に署名押印してこれを買受ける旨の意思表示をなし代金を交付したのであるから、本件土地の売買について、春海と被控訴人の双方の客観的な意思表示が合致したものとして両者の間に売買契約が成立したものと認めるのが相当である(大審院昭和八年四月一二日判決、民集一二巻一五号一四六一頁参照)。

二次に、被控訴人は、本件土地についての売買契約の成立が認められるとすれば、要素の錯誤があつた旨主張するので、判断する。

前記認定のとおり、本件土地の売買において、買主である被控訴人の主たる目的は、転売によつて利益を得ることにあつたのであるから、本件土地の売買において、売主が何びとであるかは、必ずしも法律行為の要素であるとするに足りないものである。もつとも、本件土地は、いずれも農地であり、その所有権の移転には農地法の規定に基づく県知事の許可を受けなければならないから、春海は、前所有者から本件土地を買い受けたとはいいながら、右の許可を受けないかぎりまだ有効に所有権を取得したとはいえず、売主の甲、乙の違いによつて県知事に対する許可申請手続が順調になされるか否かにつき影響するであろうことは、一応考えられるが、〈証拠〉によれば、小川らは、春海らに対し、本件土地を売り渡したが、春海らの言動から同人らがそれを他へ転売することを予想していたことが認められ、右事実によれば、春海らは、他へ転売したときは、土地の登記簿上の名義人である小川らから転買人のために県知事に対する許可申請手続をさせる意図であつて、小川らもそれに協力する用意があつたものと推認することができるのであり、被控訴人が後日、県知事に対する許可申請手続をするに際して、その障害となるべき特別の事由があつたとは認められず、春海が小川らに右許可申請手続をさせても同様であつたものと推認できるから(春海がその後、疾病のため入院し、小川らに許可申請手続をさせることができなくなつたが、右入院は、売買契約後に生じた事情であつて、契約締結時に客観的に予測できたわけではなく、許可申請手続の障害となるべき特別の事由であるということはできない。)、被控訴人において、まだ本件土地の所有権を有効に取得していない春海が売主であるならば、本件土地について売買契約を締結しなかつたであろうとは認めることはできない。その他本件土地の売主が春海であるならば、被控訴人において、全く買い受ける意思がなかつたものと認めるに足りる証拠はないから、結局本件土地の売買契約において春海が売主とされる点が被控訴人にとつて法律行為の要素の錯誤になるものとは認められない。

次に売買価格についていえば、確かに、被控訴人が土地の登記簿上の所有名義人から直接買い入れることができれば一旦春海など他の者の手に移つたものをさらに買い入れる場合に比し廉価であろうことが窺えなくはないが、春海からの買入価格が時価に比べて著しく高額であるため等価性を失することが認定できるような証拠はなく、右のように土地の登記簿上の所有名義人から買い受けた方がより低廉に取得できたであろうことが窺えても、取得価格が等価性を失するような価額でなければ、法律行為の要素といいえないものと解される。

したがつて、要素の錯誤に関する被控訴人の主張はすべて理由がない。《以下省略》

(吉岡進 兼子徹夫 榎本恭博)

(別紙)目録《省略》

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